HITORIGOTO
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思い出を辿りながらバイクを走らせました。

先日実家にバイクで帰りました。30分と掛からない程の距離なのですが、その
日は少し遠回りをしてから帰ることにしました。
行き先は、もう15年も前になりますが私は父の事業を手伝い、そして家族全員
で暮らした懐かしい思い出の地です。
当時の建物は無く、辺りの景色もすっかり様変わりをしていましたが、隣にある
公園だけが当時のままの姿を残していました。
その公園には沢山の桜の木が生い茂り、春の頃には見事な満開の花を咲かせ
私達を楽しませてくれたものでした。
私はその家の縁側がお気に入りで、ポカポカ陽気の季節にはごろんと昼寝をして
みたり、愛犬を相手に花見酒をしたり…そんな時、父は決まって私におじいさんに
似てきたなぁ。と笑って言いました。
色々な思い出と父の笑顔が浮かんできます。
成人する頃には身寄りも無く一人ぼっちだった父は、いつも家族を一番に思い
家族で一緒に暮らす事が何よりの夢だったそうです。
突然涙が溢れてきて、その場に居ずらくなった私はバイクを走らせました。

何をいつまでもくよくよとしているんだ。
これを読んでくれている人はきっとそう思うかも知れませんね。
確かに私はもう40歳。父も68歳。別れに珍しい頃合ではありません。
でもきっと自身の親を亡くされた方ならきっと同じ気持ちではなかったでしょうか。
頃合なんてありません。この抜け殻の様な気持ち、きっとご理解頂けますよね。。
40年もの間…傍に居なくても気持ちは通じていて、いつか親孝行が出来たら
良いと想い続けていながらも、なかなかそれが出来なくて、それでいて会えば
ろくに話も出来ず、「ありがとう」の一言も言えなくて。
そしていつも生きていて当然だと思っていて。。

当然の事が当然でなくなると、人はそれを理解することが出来ません。
もうあの人は居ないんだと何度も何度も自分に言い聞かせ理解しようとしますが
「居て当然だった」という事実が、「居ない」という単純な事すら理解の邪魔をして
苦しめ、私の脳は勝手に楽な理解の方法を模索しさらに私を苦しめます。
一体この苦しみからいつになれば立ち直れるのか、楽になれるのか…もう少し
辛抱の日が続きそうです。

実家に帰ると「寒かったやろ〜」と母が出迎えてくれました。
「寒いけど、バイクは気持ちよかったよ」と私は微笑みました。

今年もあの公園には満開の桜が咲き、きっとまた沢山の人に思い出を作り、
沢山の人に懐かしい思い出を思い起こさせてくれることでしょう。
今年の桜の季節には、母を連れて再びあの公園を訪れてみようと思って
います。

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